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アーカイブコラム

2009年9月25日

●発行者:出版文化社アーカイブ事業部
周年記念映像、資料の電子化、Web社史、データ時代に対応した周年記念コンテンツの制作

生と死の「証」
シベリア抑留者のアーカイブ

第二次世界大戦では、戦争が終結した後にも悲惨なできごとが無数にありましたが、旧ソ連による戦後強制抑留(シベリア抑留)も忘れてはならない悲劇のひと つです。終戦時に旧満州や樺太などにいた軍人・軍属ら56万人もの日本人が、シベリアをはじめとするソ連各地に強制的に連行されて重労働に従事させられま した。

寒さと飢えで多くの人が亡くなりましたが、墓標もなく、部隊の移動によりそのままうち捨てられた遺体も少なくないと伝えられています。これまで厚生労働省などが、亡くなった方に関する調査を繰り返し行いましたが、今なお1万人以上の死亡年月日、場所が明らかになっていません。

抑留経験者の村山常雄氏は、個人で地道な調査を続けデータベースを完成させました。70歳の誕生日を期してパソコンを購入、四大紙の過去の新聞記事からデータを拾うという作業から、一人ひとりデータをにらみながらロシア語による不自然な名前から漢字名へ置き換えていくという気の遠くなるような仕事をこつこつと積み上げてこられました。

彼のサイトには「かつての戦友たちを “無名戦士”と虚飾して歴史の襞に埋め戻そうとする風潮に抗い、あえてその名を掘り起こし、その命日と最期の地を明らかにして、人間としての存在証明とその無念の死を追悼すべく、ようやく46,300名の“シベリア抑留死亡者データベース”を完成いたしました」と記されています。

このたび、ロシア国立軍事公文書館で抑留された日本人らの個人情報を記したカード75万枚が発見されました。抑留開始から60年以上も経って存在が明らかになったというのも驚くべきことですが、誰かが記録し保管するということ、資料を探すということを続けてきたからこそ発見することができた史料です。

これにより、ひとりでも、その生と死の記録を明らかにすることができたなら、遺族の気持ちもどれだけ癒されることか想像に難くありません。

いつか誰かにとって決定的に重要な「証」になる、というのもアーカイブのひとつの重要な機能なのです。

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ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 中川 洋

歴史系博物館学芸員として資料の収集・管理や展示・教育業務に携わり、現職に就く。
現在は、企業および学園アーカイブのコンサルティング、プランニング、マネジメントに従事。

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