アーキビストの眼:電子記録の性質(4)
今号では、電子記録の完全性(integrity)についてお話したいと思います。記録の「完全性」とは、記録が、作成された時と全く同じで変更や破損のないことをさします。そのため、電子記録が「完全」だと言えるのは、「作成された時と全く同じ一連のビットのセットを持っていることが確認された時のみ」と言われています(※1)。少しでも手が加わると、情報の本質が変わってしまいます。
紙媒体の記録の場合、虫食い跡や破れなど、記録が作成された時から物理的に全く同じである―「完全」である―ことは少ないのですが、問題視されることは多くありません。それは恐らく、紙媒体の記録の真正性(間違いなく「原本」であること)を証明する手段が多く存在するからではないかと考えられます(例、署名や筆跡の鑑定分析や紙・インクの材質分析など)。
しかし、電子記録は物理的形状がありませんので紙資料のようにはいかず、そのため、電子記録の真正性は、完全性の立証とアイデンティティーの確立にかかっています。しかし、ビットが同じでも、異なるハードウェアやソフトウェアの使用により実際に画面上や出力した時に異なって表示されるということが電子の世界では起こります。そのため、物理的な完全性の度合いについては妥協せざるを得ない場合が多く、故に、完全性を立証・確保するために以下のことが必要になります。
メタデータ(integrity metadata)
完全性の証明を手助けする重要な情報の1つです。内容を明確化したものと書式の必要要素を正しく記録したものと照合することにより、物理的に不完全な物の「完全性」を証明することができるのです(※2)。
署名やチェックサム
「電子署名」やチェックサム機能を使用し、それぞれのファイルに「押印」することをお奨めします。ただし、オリジナルのチェックサムが消失・変更・破損される危険性が高い、システム変換や組織再編成時には注意が必要です。
『lightest possible intervention(できるだけ手を加えない)』
電子記録の長期保存戦略の1つは、とにかく「手を加えない・変えない」ことです。マイグレーション(媒体の置き換え)などは、膨大な情報を変えることになるので、できるだけ避けるほうが良いでしょう。前号でもお話した通り、汎用性の高いソフトウェアを使用することで、マイグレーションの回数を減らすことができます(※3)。
※1 Lyncy, Clifford, ‘Authenticity and Integrity in the Digital Environment: An Exploratory Analysis of the Central Role of Trust’,
http://www.clir.org/pubs/reports/pub92/lynch.html
※2 Duranti, Luciana, Creator Guidelines -Making and Maintaining Digital Materials: Guidelines For Individuals-, InterPARES 2 Projet,
http://www.interpares.org/ip2/ip2_products.cfm
※3 英国国立公文書館のデジタル保存部門の責任者(Head of Digital Preservation)であるティム・ゴリンズ氏によると、英国国立公文書館では10年以上もどの電子記録も一度もマイグレートを行っていないそうです。それは汎用性の高いソフトウェアの使用を徹底していることが一つの基因だと氏は述べます(Gollins, Timothy, 2009年11月2日、英国国立リヴァプール大学セミナーにて)。
ヘリテージサービス事業部アーカイブ担当 白川 栄美
英国国立リヴァプール大学大学院アーカイブズ学・記録管理学専攻修了。国文学研究資料館外来研究員、ロンドンロスチャイルド銀行アーカイブズ短期研修などを経て、現職に至る。日本アーカイブズ学会会員。